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掃除当番


 「掃除の当番」なんて、今から思えばなんでもないこと。


 自分で進んで掃除ぐらいはする。

 言われなくてもするようになった。


 ところが、なぜか子供の頃。

 この学校での掃除当番というのは嫌なものだった。

 みんなが嫌った。


 あまりに嫌なもんだから掃除中に遊んだり、ハシャいだりした。



 要するに、あれは他の連中が遊びに出て行き、自分たちだけが少人数のグループにまとめられて掃除をやらせれることが嫌だったのだ。


 他のみんなは外へ遊びに出かけてゆく。


 まるで厄介を押し付けられたように感じる構図があった。


 だから「日直」とはまるで違うものだった。

 日直というのは二人だけだ。



 だからそれこそ支えあう必要があり、それが親密になるキッカケになるなどと喜んだものだ。




 これに対して掃除当番は10人とか14人ぐらいのグループだ。

 そして当番だからというくくりでまとめられる。


 中には気に入らない奴もいる。

 退屈な奴もいる。

 それが、日直などの二人だけというならなんとか我慢できても、そういうグループでまとめられるのは不快だったのだ。


 
 そういう子供たちの感覚、両者の違いがわかる教師というのは当時はほとんどいなかった。


 だからきっと、今でも教師はなぜ日直にあれだけ誇りあるかのように臨んでいるのに、掃除当番を嫌ったのか、それが分からないのだろう。



 おかしな教師の中には、その理由が、「汚くなる掃除だから子供は嫌うのだろう」とまで考えたのもいたようだ。



 そういう風に、子供たちの気持ちがまるで分かっていないのが、平然と教師ツラをしてやっていたことの異常さにむしろ寒気がする。


 今の学校生活でも「掃除当番」という制度があるかは知らないが。

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