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習字


 小学校の頃には習字の時間というのがあった。

 そこには道具の用意が必ずつきまとった。

 筆、硯、墨汁、半紙、半紙敷き、文鎮、これらをまとめたひとつのケースを買わせられた。

 硯箱なんて呼び方がされていたものだ。

 それから書いたものを丸めて持ち帰るためのプラスチックの筒なんてものもあった。


 昭和の子供たちは忙しかった。

 やたらと時間割に応じて用意させられるものが多かった。


 気を利かして教室に置きっぱなしにしておくことは許されず、毎回自宅から持参するよう指導を受けた。

 毎回、授業があるたびにわざわざ学校へと運んだのだ。


 そういうことが効率的なパッキングに結びついたかと言うと、そうでもなかった(笑)。


 ただ、なんだか悪徳ツアーに騙されて無理やり指定の土産物店に連れて行かれ買い物をさせられる、そんな印象しかなかった。



 習字だ習字セットだ、体育なら体操着だ、国語なら辞書だ。


 なんだかんだと、色々と持たされ、買わせられ、用意させられ、動かされたものだ。

 そうした授業に関して使うものは必ずといっていいほど学校指定のものを買わせられたものだ。


 あの当時、そういう学校指定のものというのがやたらと多かった。

 先輩のお下がりや誰からのいただきものを使っていた子もいなかった。



 それで汚職、贈収賄というものが報道されたという記憶はまるでないから、ほとんどの教師らがああした学校指定の絡みで何らかのリベートやキックバックを得ていたのだということが分かる。

 今なら事件でしかないだろう。


 学校というもの理不尽な側面、信用のならない部分でもあった。



 子供たちは、当時、田中角栄だの何だのと騒がれていたのはとうに承知していたし、こういう学校指定というものに胡散臭いものがあることもちゃんとそれと結び付けて分かっていた。


 教師たちだけは気がつかれていないと思っていたに違いがない。


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