忍者ブログ
広告



宅配無料
レンタルベビーカーサービス

シェアno1のコンビ製品
ad
プライバシーポリシー

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

掃除当番


 「掃除の当番」なんて、今から思えばなんでもないこと。


 自分で進んで掃除ぐらいはする。

 言われなくてもするようになった。


 ところが、なぜか子供の頃。

 この学校での掃除当番というのは嫌なものだった。

 みんなが嫌った。


 あまりに嫌なもんだから掃除中に遊んだり、ハシャいだりした。



 要するに、あれは他の連中が遊びに出て行き、自分たちだけが少人数のグループにまとめられて掃除をやらせれることが嫌だったのだ。


 他のみんなは外へ遊びに出かけてゆく。


 まるで厄介を押し付けられたように感じる構図があった。


 だから「日直」とはまるで違うものだった。

 日直というのは二人だけだ。



 だからそれこそ支えあう必要があり、それが親密になるキッカケになるなどと喜んだものだ。




 これに対して掃除当番は10人とか14人ぐらいのグループだ。

 そして当番だからというくくりでまとめられる。


 中には気に入らない奴もいる。

 退屈な奴もいる。

 それが、日直などの二人だけというならなんとか我慢できても、そういうグループでまとめられるのは不快だったのだ。


 
 そういう子供たちの感覚、両者の違いがわかる教師というのは当時はほとんどいなかった。


 だからきっと、今でも教師はなぜ日直にあれだけ誇りあるかのように臨んでいるのに、掃除当番を嫌ったのか、それが分からないのだろう。



 おかしな教師の中には、その理由が、「汚くなる掃除だから子供は嫌うのだろう」とまで考えたのもいたようだ。



 そういう風に、子供たちの気持ちがまるで分かっていないのが、平然と教師ツラをしてやっていたことの異常さにむしろ寒気がする。


 今の学校生活でも「掃除当番」という制度があるかは知らないが。

拍手[1回]

PR

日直


 日直と書いて「ひじき」と読んだ子供の回答があって、その話で爆笑したことがある。



 たいてい日直と言うのは二人でやった。


 二人でパートナーを組んで、挨拶の号令かけや黒板の字を消したり、教材をクラスに運搬することなんかをやった。


 みなに必ず持ちまわりで回ってくる番なのだが、それぞれ日直になると晴れがましい気分になったものだ。


 責任や役割というものを実感する瞬間だった。

 歳をとっていろんな役回りを嫌がったり我関せずとばかりに逃げ回る連中がいるが、子供の頃にそういう役回りを嫌がる子供は出なかった。


 仕事はその日によって多い時もあり、少ない時もあった。

 理科の実験なんかがあればやることは多くなるし、何もないような日であれば教師が無理やり何らかの仕事を作ってやらせた。


 「当番」という言い方をするものもあるが、それとは別だ。

 学校によっては「日直係」という言い方をしたところもあった。


 日直の相手はたいてい女の子、そうでなく同性同士の場合もあったが基本的には男と女でペアを組んだ。

 今ならちょっとやらないかも知れない。

 前日に日直の順番が発表され、相手が人気者の女の子だったりすると歓声が上がった。


 そうして日直になるといそいそとそのカワイコちゃんにかしずいて、せいぜいよい印象を得ようと一生懸命頑張った。

 そんな子供の頃から早くも色気づいていたのだ。




 結局、それが一番の日直のインセンティブだったかも知れない。


拍手[1回]



忍者ブログ [PR]

graphics by アンの小箱 * designed by Anne